

高い日給を自分の実力だと勘違いしてしまうケース
まず大前提として、銀座の高級クラブもそうですが、富裕層向けの高級店のほとんどは、最初にその女性の実力以上の日給や時給を提示されることがほとんどです。
これは、業界特有の性質上によるものです。
一番は「お金で釣るわけです」
これを綺麗に言えば、魅力的な金額を提示して働いてもらおうというわけです。
そのため、実力以上の金額を提示する必要があります。これは業界が存続する過程で自然にできあがった仕組みです。
厳密に言えば、お店は採用したい、いわゆる獲得したいために高額な日給を提示します。これは否定できない事実です。
ですが、高額な日給=実力を数値化したものでは決してないことを知っておかないと、たとえ良店で働いていようと、実力が磨かれないまま働くことになるかもしれません。
つまり、本当の実力が身に付かないまま終わるということ。
その日給を提示する根拠としては、当然際立った会話力なんかではありません。年齢、見た目、前店の実績だったり、現在のお店の在籍人数が多いか少ないか、シフト数、面接日の時期とタイミング。ときには紹介者とオーナーの調整次第ということもあります。
こうした条件が重なって、提示される日給金額が算出されます。
その高額な日給の内訳を正しく分解してみますと、人によって①~⑩の数値はそれぞれで、
- 期待値の高さ
- 顔面の良さ
- スタイル
- 年齢
- 経験
- お人柄
- 教養や常識
- お客さん(売上)
- 出勤数
- 経験
となります。
そんな中、今この瞬間から
②顔面の良さ
④年齢は既に劣化を始めています
この劣化と帳尻を合わせることができる要素がただの1つ、
⑧お客さん(売上)です
ですから、
この⑧が実力の数値化を明確にする主な要素となります。

もちろん、高額な日給を提示されることが自分の価値だと思っている女性が多いのも確かで、決してそれを責めるつもりはありません。今の時代がルッキズム重視であるのも、それを助長していて自然なことだと思います。
持っている者と持たざる者の違いです。
ただ、高額であれば、その金額に見合う女性だと思い込む女性もいます。
「これが私の価値なんだ」と…。
そして、そういう女性の中には、なぜかはわかりませんが不遜な態度へ傾いていくケースがあるのです。
「私は働いてあげているんだ」と…。
すると、連絡の返事が遅くなる。出勤日を平気で変える。注意されれば、自分をわかっていない店だと考える。別の店ならもっと好条件だと言い始める。
これを誰かが「ワガママ」と言うかもしれません。
高額な日給は、美貌=実力を示したものと勘違いしてしまうわけです。
ところが、この仕組みには弱点があります。
それは美貌だけで、真の実力に見合っていない日給金額で働く女性で溢れてしまえば、お店が潰れてしまう危機と隣り合わせだということです。
そのため、早急に「使える女性」と「使えない女性」を見分けないとなりません。使えるとか使えないとか嫌な言葉かもしれませんが、これはどの業種の人たちからも聞こえてくることのある言葉の真実です。
高い日給で働き、そのお店を辞めることになった場合、次のお店でも同様の日給を望むか、もしくはその日給よりも高い日給を望むことになるでしょう。しかも当然のように。
これを繰り返した結果、「高額な日給を要求するわりには実力のない女性」が誕生するわけです。
結果的に、放牧民のようにお店を転々とし、最終的に当の本人すら嫌気がさします。
理由は明白で、高い日給で採用しているのに、ぜんぜんお店に貢献してくれないからです。
つまり、ルックスは大事ですが、貢献するかしないかの判定は、あくまでも「お客さんを呼べるかどうか」だからです。
どんなお店も大小あるにせよ、基本的にルックス(魅力)という武器を持っている女性を採用はしますが、その魅力を活用して、その日給金額に見合う売り上げをつくれるかどうかを見ます。
それゆえ、早急に見分けられてしまうのです。
使える人なのか、そうでない人なのか…を。
前店で約1年間働いていた美形の女性がいました。次のお店へ移ることになった彼女は、面接担当者から「お店に移ったら呼べるお客さんはいますか?」と尋ねられました。 彼女は「呼べるお客さんは一人もいません」と答えました。
面接担当者はこう思うかもしれません。
「こんなにかわいいのになぜお客さんがいないのだろう?なにか彼女に問題が?」
少なくとも、ある程度の期間をこの仕事でやっていきたいのなら、せめて3人程度のお客さんは呼べるようにしておくことも意識されてはいかがでしょうか。

丁寧な対応を自分への特別扱いだと勘違いしてしまうケース
特別扱いに思うこと自体がいけないことではありません。
なにせ、本当に特別な存在なのですから。
しかし、それがあまりにも度を越えてしまうと話は変わってきます。
基本的に、銀座エリアを始めとして、都心の富裕層向けの高級店は、スタッフがジェントルマン的なふるまいを意識しています。
もちろん、そうではないケースもあるかもしれません。ですが基本的には、言動、立ち振る舞いなどはそういう傾向です。幹部スタッフになると、厳しく仕切るというケースはありそうですけど。
つまり、銀座の高級クラブでもそうですが、入店直後の女性を店全体で手厚く扱うことは自然なことです。
これはマニュアルとはいいませんが、日本の文化の一つかもしれません。一般企業でも見られることですから。
そういうわけですから、スタッフの丁寧な対応を「自分への優しさ」「自分に対する特別扱い」と勘違いしている女性は一定数いそうです。
これは、働き始めたばかりで比較的年齢の若い新人さんにも見られることがあります。
また、違うお店から高い日給で移ってきた女性にも稀に見られることがあります。
もちろん女性本人に「そう思っているかどうか」を聞いたことはありません。

しかし、あきらかに言動や立ち振る舞いが上から目線で、重要な連絡にも上下をわからせるために、わざと遅く返信するケースもあります。
このような対応に困っているスタッフがいることは確かです。
つまり、その女性は、スタッフなどに迷惑をかけていることになんとも思わないのです。
これが長い期間続くと、次第に「気遣いができない」「配慮ができない」人として見られるようになりそうです。
「おもてなし」観点で言えば、大事なお客さんに任せられない人として自然に定着し始めることもあります。
一概には決めつけることはできませんが、お客さんからではなく、あくまでも「係」などから席に呼ばれなくなる女性に多く見られる傾向になります。
特別扱いされていると思うこと自体が悪いわけではありません。
ただし、店全体の丁寧な対応を、自分だけに向けられた特別な扱いだと思い込み、その結果、連絡が雑になったり、上から目線の言動になったりするなら話は別です。
厳密に言えば成績による結果の伴っていない特別扱いは、盤石ではありません。
ですから、それを知りつつベストを尽くすのが最適解です。

うまくいった結果を自分だけの力だと勘違いしてしまうケース
比較的入店したばかりから、多くのリクエストが重なったり、スムーズに同伴ができる女性の中には、自分の力だけでそれを成し遂げたと勘違いしている場合があります。
本人は、本気でそれを自分だけの力で得たと思い込んでいます。
むろん、それは本人があってのものであることは間違いありません。
しかし、それを成し遂げることができた根底にある仕組みを見てみると、実際には、その女性一人で作った結果ではないことがわかります。
まず、そのお店が存在してのものです
ヘルプの立場であれば、係の女性の器量が下支えになっていることがほとんどです
係の立場であれば、席に着いて仕事をしてくれているヘルプの女性の働きによるものがほとんどです
細かいフォローをしてくれている黒服の存在もあります
ドリンクなどを運んでくれているウェーターの存在もあります
お店のブランドを守り続けてくれた女性たちの存在もあります
どういう理由であれ、足を運んでくれたお客さんの存在もあります
たゆまず努力を続けてきたオーナーの存在もあります
プライドをもってお店を愛するママの存在もあります
その女性の味方となりながら責務を果たそうとする存在があります
むろん、その女性(貴女のことです)あっての結果であることが明白だとして、けれど、そこには多くの「おかげさま」の存在があります。
そして、それは「おたがいさま」で築かれてきたことによるものです。
これは綺麗ごとでしょうか?
ええ。綺麗ごとかもしれません。
でも、だからこそ「みんなのおかげです」という気持ちを持ちながら仕事に向き合う姿勢は、人の心を打つと思いませんか?

ホステスさん達は競争の中にあります。
嫌でも順位が付いてしまうわけです。
けれど、誰かが負けてくれたから自分が勝っているんだという視点も大事にしてはいかがでしょうか?
そこには、感謝がうまれるからです。この感謝は非情でしょうか?
この非情な世界だからこそ、人が感じる痛みを感じることは唯一の癒しとなるはずなのです。
それでも仕事は、さまざまなお膳立てがあって成り立つものだと認識するべきです。
それでも、「自分だけの力」であると勘違いをする女性は、必ず言動に出ますし、自然にそのことを気取られます。もちろん第一功労者であることは誰の目から見ても明白でありましょう。誰もが認めるところです。
ですが、やはりうまくいった結果だけを見て、自分だけという存在だけを誇る女性は、自分の後ろで誰が動いたのかを見ていないというわけです。
これの何がいけないのでしょうか?
厳密に言うと、これのなにがいけないかというと、こういう勘違いをする人の多くが「傲慢になりがち」ということです。
その結果、多くの人から煙たがられ、居場所をなくします。
お人柄を見られます。
結果的に、まわりの協力を得られにくくなるのです。
はい。そういうお人柄であることを見ている存在があるってことです。
そして、本当に肝心の時に力を貸してくれなかったりするのです。
このことを早期にわかればいいのですが、かなり後から知ってしまうと、プライドか何かが働いたせいか、自分の態度を改めることができない人もいます。
そうして、せっかく居心地の良いお店を離れなくてはならなくなるケースもあります。
むろん、失敗から学べることがたくさんあるのはわかります。
ですが、銀座のクラブは実際のところは、お世辞にも失敗を歓迎してくれる環境とは言えない側面があります。
ですから、人間性というものを、既に一定水準以上をクリアできている状態で働くべきです。
そのために、銀座エージェントでは、お問い合わせの段階から当人への教育を始めています。
むろん、当の本人がそれをどう思うかは自由でありましょう。
「おかげさまです」という気持ちは、言葉に出さずとも意識せずに自然に雰囲気に現れているものです。

お客様に好かれたことを恋愛感情だと勘違いしてしまうケース
これは銀座の高級クラブに限らずですが、お客さんの熱心さにほだされてしまう女性がいます。
当然ですが、この世は好き嫌いで動く世界です。
好きなものには熱心になるのです。これは真理です。
この原理を利用しているのは、なにも水商売だけではありません。推し活だってそうですし、アイドル産業もその一環と言えそうです。好きという気持ちにさせることは、それだけで相手をメルヘンチックな状態にさせるということです。活力を生み行動へ繋げます。
言っておきますが、これは仕事なのです。
高級クラブでは、お目当ての女性が席につくと、お客さんは機嫌が良くなるのは自然なことです。その女性をリクエストし、ときには高額なボトルを入れ、同伴出勤では、豪華なディナーをセッティングされるかもしれません。食事に誘う。もちろん他の女性とはちょっと特別な扱いをするかもしれません。
この熱心さを、好意として受け取るところまでは自然です。
しかし、その好意を恋愛軸に繋げてしまうタイプの女性がいます。
相手の優しさを、自分への好意とうけとり、恋愛感情にまで進展させてしまうのです。
特にお客さんには、お人柄や経済力も破壊力が強力で、魅力に抗えないケースがあることを否定は致しません。
ですが、お客さんは熱心であっても、交際したいとまでは思っていないケースは多いのは確かです。
当然、生活を共にしたいという意味とも限りません。
その点を間違える女性が稀にいます。
まさに、ミイラ取りがミイラになるというわけです。

むろん、本来なら「お客との恋愛関係」はお店が望んでいる営業方針ではありません。
誤解を恐れずにお伝えしてしまうと、本来なら「お客の恋愛感情を利用する仕事」と言えば聞こえは悪いでしょうが、非常に的を得た言い方であることは業界を知る者からしてみれば、否定しにくい真実ではないでしょうか?
その仕事をしている女性側が、お客さんの熱心さや優しさを恋愛感情として受け取り、自分の感情まで持っていかれてしまう。
これの何がいけないかというと、手を出してはいけない人に手を出してトラブルとなるケースもあるということ。
お店の人間関係、人間模様を見ずに、誰でもかんでも、手あたり次第食い漁ってしまうケースです。
加えて、それは多岐にわたり、黒服にもちょっかいをかけるケースもあります。
学生時代にもいませんでしたか?
友達の彼氏に本気で色目を使って手を出す人を。
友情が壊れます。何もかもが壊れます。これに酷似しています。
「お客のことを好きになるならまだしも、手を出して付き合うなんてどうかしてますよ。」と、陰口叩かれないようにクールに仕事をするべきだと思います。

(お客を)食っているつもりが食われてたケース
かなり刺激的な表現でこの内容を語ることをお許し願います。ですがこの思考で動いている女性は現実的に存在します。だからお伝えさせていただきます。
これは肉食系の女性に見られやすい傾向かもしれません。
このタイトルである「(お客を)食っているつもりが食われてたケース」は、特定の自分好みのお客さんを、自分が食べたと思い込みながら、実は自分が食べられていたケースを指します。
ちょっとした遊びのつもりが、自分がはまってしまう。
相手はお客さん…。だけど嫌いな相手ではない。お金も使ってくれるし、話も上手で気が合う。来店すれば特別扱いしてくれる…。
このお客さんをターゲットにする。つまり捕食したい…。
一方のお客さんは、それを演じていたりする。
そうこうして、そのお客さんを手に入れたその女性は、そのお客さんを食っているつもりが、そのお客さんに食われている状態だと気づいていなかったりするわけです。
後から気づいたときにはもう手遅れで、結果的に捨てられて全てを悟ったということもあります。
当人は、そのお客さんに本気で夢中になってしまった…後だったりします。
けれど、相手のお客さんは遊びだったというオチです。
お客さんの方が何倍も「うわて」だったというわけです。
ある女性は心を奪われ、メンタルが崩壊し、仕事まで影響を受け、その結果、お店に居にくくなって辞めていきました。これは実際にあったお話です。
どんなに魅力的で、ポテンシャル高い女性であっても、銀座の高級クラブで、こういう形で仕事が続かなくなる女性がいるわけです。

これは壮大な勘違いが巻き起こした結果にすぎないのでしょうか?
彼女たちは自分に絶対的な自信がありました。
よもや自分が捨てられるなんて絶対に思っていません。
あわよくば、なんでも思い通りになるとも思っていたりもしたでしょう。
誰もが、私に丁寧に接してくれるだろうし、私と一緒に居れることはとても幸せなはずよ?とまで思っているかどうかはわかりませんが、自分のことを過信しすぎていると、思わぬことが起こることはあるあるです。
頭の中がお花畑であることをいけないとは言いません。
ですが比較的、恋愛関係に免疫のない女性がひっかかりやすいケースと、一方でかなりの恋愛の達人もひっかかるケースがあります。
自分の思った通りに成功していると勘違いしている人に多いことが特徴です。
理由は明白で「自分がぞんざいな対応をされるわけがない」と考えているからです。厳密に言えば、そう考えたいのですが…。
普段から盛大に勘違いしている人が、勘違いしたまま人間関係を築いたり、相手に対して無防備にも恋愛感情を走らせたりもします。
この一連の体験によって、水商売そのものに嫌気が差す人もいます。
けれど、ハッキリお伝えしてしまえば、水商売そのものが悪いわけではありません。
普段から、しっかりと冷静に「真に目が覚めた状態」をキープし続けることが大切ですね。

余計で低品質な情報を正しいと勘違いしてしまうケース
昨今は情報過多の時代。
まさか、貴女はこの世の全ての情報が正しいと思ってはいませんよね?
では、情報の中に正しくない情報と、正しい情報があることを知りながら、なぜ昨今は詐欺に騙される女性が多いのか知っていますか?
当然ですが、彼女たちは、その情報が間違っているかどうかを判断がつく年頃です。
ではなぜ?
それは、その情報が正しいかどうかを優先するのではなく、「自分が信じたいかどうか」を優先するからです。だから簡単に詐欺の被害に遭うのです。
銀座でも同じです。
街頭でそれっぽく見えるスカウトに引っかかる女性も同じです。
それは店内でも起こりえるケースがあります。
たとえば、同じ店の女性が、あの店ならもっと日給が出るとささやく。今の条件は安いと言う者が現れる。SNSでは高額月収のスクショをリアルに見せた投稿が違和感なく流れてくる。お客を装う者が、こっそりと好条件を耳打ちする。以前働いていた女性が、あのママの店はやめた方がいいと囁いたり。
最初は、ただ聞いているだけかもしれません。
しかし、何度も同じような話を聞くうちに、それを自分で確認した事実のように感じる女性が現れるのです。
すると、実際に店に確認していないのに、今の条件は悪いと決めたり、別の店ならもっと日給が出ると思い込んだり、実際に働いたことがない人の話を聞いて、今の店への不満を探したり、SNSの偽のスクショの金額を見て、自分も同じようにもらえるはずだと考えたりします。
自分が不満に感じたことについて、見知らぬ誰かも同じ不満を持っていないか、「その声」を探し始めるのです。
信じたいことを信じると、きりがありません。
結局、いつもそう感じるようになって、何一つ完遂できずに中途半端になります。
つまり、中途半端な行動を正当化できる情報を探し、その情報に踊らされるのです。
- 店を移らせたい人は、今の店を悪く言うかもしれません
- うまくいってない女性は、店のせいにするかもしれません
- SNSでは、うまくいった一部分だけを見せていたりもします

これらが引き起こす問題は非常にシンプルです。
情報過多になり、情報迷子になるのです。つまり「迷い」です。
これによって思考のリソースが食われます。つまり脳のエネルギー不足を招きます。
この状態下にある人は、その「迷い」という不快を解消するために、解消する手段を模索します。
そして必ずたどり着く答えが「行動して確かめる」です。
この「行動」、人は「前進する」に結びつけます。行動は正義であると。
例外はありますが、これでほとんどの人が失敗します。
余計なことを考え、余計な行動をしたことで間違った方向に前進するのです。いえ、厳密に言ってしまえば後退です。
ですので、1つ言えることは、まずはむやみに考えを変更しないことが大事です。
そのためにも使用する情報は厳選しなければなりません。
つまり、多くの情報は有害となります。
厳密に言えば、多くの情報が迷いを生むから有害となるのです。
つまり何をお伝えしたいのかというと、情報を収集するよりも、情報をどう遮断するかという意識も大切であるということです。
そういう意識を持たないと、余計な情報であふれかえります。
そして、その余計な情報を信じた女性は、自分の人生の方向性が崩れていきます。
- お金を稼ぐために銀座に来たのに、いつの間にかお店探しがメインになってしまった女性がいました
- 人生を変えたいのにパパ探しの視点を持つようになった女性もいました
- 人から聞いただけの話が、本人の中では、すでに事実になってしまった女性もいました
- まだ働いて2週間程度だというのに、次の移籍先のお店を探していた女性もいました
彼女達は、誰かに横から吹き込まれた話を優先したかもしれません。
1つ言えることは余計な情報を耳に入れないでください。
キリがありません。
銀座の高級クラブに限らずですが、働くうえで情報を集めること自体は悪くありません。
ただ、実際には他人の都合に振り回されている女性が多いのです。
まずは一直線に進むべきです。
そうした人が実力をつけています。
世の中には美味そうな話がいっぱい転がっています。
ただし、あくまでも美味しそうなだけと思いながら冷ややかに見る視点は大切です。

ネガティブ思考やマイナス思考が悪いものだと思っているケース
ネガティブ思考やマイナス思考を、悪いものだと勘違いしている女性がいます。
仕事で嫌な予感がする。不安になる。相手の言葉に引っかかる。最悪の場合を考える。そういう感覚が出たときに、すぐに自分を責める女性がいます。自責です。
- 私は考えすぎかもしれない
- もっと前向きに考えた方がいい
- 疑うのは良くない
- 悪く考える自分がいけない
そう思って、自分の中に出てきた警戒心を消そうとするかもしれませんね。
けれど、そう反転させる思考方法を誰に教わったのでしょうか?
- それは啓発系の本から影響を受けたからかもしれません
- たまたま目にしたSNSの啓発系の投稿文から影響を受けたからかもしれません
- 誰かが、前向きでいる人が正しいと話していたのを聞いてからかもしれません
ですが、よくよく考えてみてください。
自分から生まれてくる思考の数々は、なぜ生まれてくるのでしょうか?
そして、それは本当にダメなことなのでしょうか?
なぜ、啓発系の本で書かれているほとんどの内容は、ポジティブシンキングを推奨するのでしょうか?
それと同時に、なぜ貴女の内側から発信されるネガティブ思考を肯定してくれないのでしょうか?
これは貴女を否定しているのと同じなのです。
やはり、ネガティブ思考やマイナス思考そのものを悪いものとして扱うのは、あまりにも雑ではないでしょうか?
あまりにも行き過ぎたポジティブ思考は、単に「頭の中お花畑」の状態だと思いませんか?もしくは、頑張って無理してポジティブシンキングを貫こうとするのもどうなんでしょう?
これで、ひっかかる女性がいるのです。

いいですか?ハッキリお伝えしましょう。
多くの人民がポジティブ思考になればどうなると思います?
極端に言ってしまえば、政治に対して疑わなくなるかもしれません。詐欺師を誠実な人として見るかもしれません。失敗を自分のためだと思い納得させるかもしれません。
そして、日頃からノー天気に機嫌が良すぎるのも問題だと思いませんか?
たとえば建物は、壊れる可能性を現実化させないよう考えて作られています。
地震が来たときはどうしよう? 火災が発生したらどうしよう? 劣化したら突然崩れるかもしれない…。
これらを対策しようと尽力できた理由は、その多くがネガティブ思考が生み出した賜物なのです。悪いことが起こるという想定があるからこそ、建築の技術は飛躍的に向上したのです。もちろん実際に災難があって改善された例も多くあります。
それは医療も同じです。
病気が進むかもしれない。副作用が出るかもしれない。手術中に出血するかもしれない。感染するかもしれない。そういう悪い想定を踏まえながら、検査、消毒、薬、手術の手順が細かく作られてきました。
つまり、ネガティブ思考やマイナス思考は、危険の兆候を先に見つけて、防ぐための知恵でもあります。
銀座の高級クラブでも同じく役立つのです。
このお客さんは店外で会う話ばかりする。LINEの返事を急かしてくる。ほかの女性の悪口を何度も言う。お酒の量を増やして勧めてこようとしたり…。
こういう言動をする人と深入りすると、どうなるかを想定し、それがネガティブな想像を誘発するとすれば、それは自然なことではないでしょうか?
ネガティブ思考やマイナス思考が悪いと決めつけると、自分を守る感覚まで捨てることになります。
悪い想像をすることが問題なのではありません。
その想像を悪いことだと考えることが悪いのです。
むろん、ネガティブに偏りすぎるのも問題です。
ですから、バランスが大事です。
仕事でイライラしたり、「後ろ向きで嫌な想像することをネガティブでマイナス思考である」と、誰に教わりましたか?

自己嫌悪が自分に害のあるものだと気づけない勘違い
仕事を頑張りたい女性の中には、極度に自己嫌悪する女性がいます。
理由はさまざまですが、どうやら完璧主義的な自分が、そうでない自分を責めるようです。
もっと評価されるべきだと考えていた。
もっと良い日給を提示されると思っていた。
上位店で歓迎されると思っていた。
体験入店で思っていたような接客ができると思っていた。
そう考えること自体は勝手です。
ですが、現実が思うように進んでいくという思い込みは、これもあまりにも大きな勘違いです。
順風満帆な人はいません。
以前のお店では通用した接客が、新しい店では全く通用しない。あるお店ではモテモテだったのに、今日の店では全くダメだった。あるお客さんにとても好かれた女性が、別のお客さんにも同じように好かれるとは限らない。
こういうことは普通にあります。
それを全部、自分の価値が下がったと受け取ることはバカげています。
問題は、自己嫌悪をしてしまうことだけではありません。
もっと問題なのは、自己嫌悪が自分に害のあるものだと気づけないことです。
自己嫌悪は、一見すると反省しているように見えます。自分に厳しくしているようにも見えます。責任感があるように見えることもあります。
だからこそ、やめにくいのです。
しかし、自己嫌悪は反省ではありません。
反省は、次を見据えて動き出す儀式のようなものです。自己嫌悪は、自分の価値を下げる方向へ思考を使い続けるだけです。
自分を責め続けても、次の同伴が決まるわけではありません。日給が上がるわけでもありません。お客さんが戻ってくるわけでもありません。席での表情が良くなるわけでもありません。
むしろ逆です。
顔が曇る。
返事が遅くなる。
出勤前から気分が重くなる。
人の言葉を悪く受け取る。
次の判断が鈍る。
自己嫌悪に身をゆだねる女性は、この害を本当の意味でわかっていないのだと思います。
本当に悪いものだと認識していれば、人はそこから離れようとします。
危ないものだとわかっているものには近づかない。自分を壊すものだとわかっているものには手を出さない。害があると本気でわかっていれば、そこに自分を預け続けることはしないはずです。
それでも自己嫌悪を続けてしまうのは、どこかで自己嫌悪を許しているからです。

自分を責めることは仕方ない。
落ち込むのは当然。
罪悪感を持つことは悪くない。
自分に厳しいのは良いこと。
そう思っているから、自己嫌悪に流されてしまうのです。
そして、自分が持っている理想、自分が定めたルール、自分の決め事などは、鎖になります。
こうあるべきだ。
こうしなければならない。
これは守らないといけない。
いわゆる自分の定めた法律みたいなものです。
見えない鎖でがんじがらめになると、身動きできず窮屈です。
今すぐ自己嫌悪をやめてください。
そして同時に湧いてくる罪悪感もやめてください。
罪悪感が全ての元凶です。
自分に甘くするという意味ではありません。自分を責めるための時間を、次の生産的な動きに使うということです。
自己嫌悪が自然に出てくる女性ほど、それを自然なものとして受け入れてはいけません。
自分を傷つける感情に、自分をゆだねないことです。
落ち込んでも何も変わりません。自分を責め、自分の顔が曇ればそれだけで、特に女性は不利益です。

