東京・銀座の中心に位置する「奥村プラッツビル」、通称「ポルシェビル」は、その名の由来がかつて1階にポルシェのショールームがあったことからきています。1974年の建築以来、多くの著名人が訪れ、銀座の象徴として親しまれてきました。ビルは現在も高級クラブなどが入居し、夜の銀座を彩る中心地としての役割を担っています。また、ポルシェのショールームが閉鎖された後も、このビルは銀座のランドマークとしてその魅力を保持しています。
銀座の歓楽街を代表する象徴的なビル
東京・銀座の中心に佇む「奥村プラッツビル」。華やかでスタイリッシュなビルは今も色あせることなく通行人たちに親しまれ、銀座の象徴として親しまれています。この象徴的なビルは、通称「ポルシェビル」とも呼ばれ、銀座の歓楽街で働く人、訪れる人たちは必ずと言ってもいいほど、このビルの名を知らない人はいないと言われるくらい有名なビルで、銀座の文化的・商業的な活気に寄与する存在として親しまれてきました。
され、どうして「ポルシェ」を冠する名前が付いたのか?そして、この名前には、一体どんなストーリーがあるのでしょうか?コロナ禍を経た、2022年には大きな変化もあり、その舞台裏にはどのような出来事があったのかを解説していきます。ポルシェビルが持つ歴史的な価値と、最新の動向に焦点を当て、銀座の夜を彩る特別な場所としての魅力を余すことなく紹介していきます。
ポルシェビル(奥村プラッツビル)とは?
「ポルシェビル」は、銀座で圧倒的な存在感を誇り、常に注目されているビルで、正式名称は「奥村プラッツビル」です。銀座の歓楽街で最も栄えある並木通り8丁目に位置し、並木通り入り口からすぐそこにあるので目立たないはずはなく「ポルシェビルはどこでしょうか?」と尋ねると、即座に教えてくれるような有名な場所です。待ち合わせや集合場所としても、利用されている場所なのです。
渋谷では忠犬ハチ公、銀座ではポルシェビルといっても過言ではありません。銀座の夜を知り尽くすホステスさんやキャバ嬢たちには、おなじみのスポットとして広く知られています。
1974(昭和49)年に建築されて以来、数多くの有名人が出入りしている
1974年に誕生した、ポルシェビルは、幾多の著名人やスターたちが足を運び、華やかな歴史を紡いできました。財界人や経済人たちをも訪れ、選りすぐりのひとときを楽しんだ場所として知られています。その壮麗なエントランスから、昭和の面々がここで交流し、楽しんだであろう雰囲気が漂ってきます。50年間にわたる歴史が息づいているのです。このポルシェビルは、贅沢なひとときを過ごす場所として、今宵、銀座の夜を優雅に彩り続けているのです。
現在もトップクラスを誇る人気の高級クラブが入っている
魅力に包まれている高級クラブが、ポルシェビルに続々と集まっています。まるでポルシェビルの上階に華やかな宝石のように輝いています。「サードフロアー」、「グレ」などを始めとして、老舗高級クラブが集まっているのです。1階では華やかなポルシェが展示され、その独特の雰囲気が銀座の文化を広げてくれています。
※2024年現在はポルシェの展示がなくなりました。後述でその理由を説明します。このエレガントで多様な店と、ポルシェのシャープなイメージが見事に調和し、ポルシェビル自体が銀座の社交界としての象徴として親しまれ続けています。
アクセス
ポルシェビル/ 正式名称「奥村プラッツビル」
〒104-0061
東京都中央区銀座8-6-18ポルシェビル
ポルシェビルへのアクセスは、最寄りの駅とその駅からの所要時間は以下の通りです。
各線「銀座駅」B3より徒歩5分
各線「新橋駅」3番出口より徒歩3分
ポルシェビルと呼ばれるようになった理由
正式名称があるにもかかわらず、「ポルシェビル」と呼ばれるのは、その1階がポルシェの輸入代理店である「ミツワ自動車」のショールームだったことにあります。ミツワ自動車は、日本に初めてポルシェを輸入したパイオニアとしても知られています。ビルの入り口には、ポルシェが展示され、その名を象徴するように彩られています。過去には、ランボルギーニなど他の名車も展示されたことがありました。しかしながら、2022年7月31日をもって自動車整備事業が終了し、東京銀座の本社ショールームは閉鎖されました。ポルシェの展示がなくなったことで、多くの人にとって寂しさをもたらしていたのも事実でした。
2022年から新たなポルシェビルへ
ビルオーナーである、奥村昌美氏の死去と、2022年7月にミツワのショールームが閉鎖されたことにより、ポルシェビルは売却されました。新しいオーナーは、セガサミーホールディングスの里見治会長の資産管理会社となりました。報道によれば、その取引価格は150億円を超えるとされています。途方もない金額で驚いてしまいますよね。今も昔も、銀座のポルシェビルは多くの人たちを魅了し続けています。新たなオーナーのもと、これからも銀座のランドマークとして輝き続けることでしょう。
2024年6月 ファーストクラブ雅(みやび)オープン
最も繁盛していると評判のファーストクラブは現在、VIPルームが3部屋あり、それぞれの設計費施工費を合わせると数億円はするという。銀座には間違いなくバブルが存在する。
ちなみに、銀座では、現在クラブJを旗艦店とするJグループの新店「J2」、クラブ予詩「七凪」がオープンしていますが、2024年は6月オープンのファーストクラブ雅(みやび)が銀座のクラブ業界を席巻するでしょう。
ファーストクラブ2号店は銀座エージェントにお任せください。
現在入居している人気店
ポルシェビルの中には様々な有名店が軒を連ねています。以下で、その中でも特に注目すべき8店をご紹介します。
CLUB NEXT GINZA(ネクスト銀座)
「CLUB NEXT GINZA」は、伝統と新しい価値を融合させ、特別な非日常を提供するニュークラブで、2021年9月6日にオープンしました。オルフェグループが手掛け、欅坂の志田愛佳さんの入店でも話題となりました。大人の空間でありながら、どんなシーンでも極上のくつろぎを追求した、居心地の良さを感じられる高級ラウンジです。
クラブ・ジャンヌダルク(Jeanne d`Arc)本店
銀座のクラブシーンの代名詞として君臨するのが「ジャンヌダルク」。豊かな歴史を刻んだこの店舗は、1974年にオープンし、老舗クラブとして知られています。古き良き銀座の雰囲気が漂います。2020年に、ポルシェビルへの移転後もその格式を保ち続けています。店内には馬に乗ったジャンヌダルク像が迎えてくれます。荘厳な雰囲気が漂う老舗高級クラブの1角とも言えましょう。ジャンヌダルク・グループの旗艦店です。
クラブ・O(クラブ オー)
「club O」は、2009年誕生し、一気に注目を浴び、有名店として仲間入りを果たしました。系列の姉妹店「銀座ソル」も2016年にオープン。銀座最大規模を誇る店内は、ラスベガスのベラッジオホテルをイメージ。メインホールの真ん中にはグランドピアノが鎮座しています。ゴージャスな内装で、ホステスさんたちからも絶大な支持を受けています。
クラブ・柳(やなぎ)
「柳」は、懐かしさ漂う和モダンな一流高級クラブ。40年以上の歴史を誇る銀座エリアで1番に名前が上がる、サードフロアーの姉妹店で、その伝統を受け継いでいます。日本の文化と伝統を継承し、選び抜かれたキャストさん達と徹底されたハイレベルのサービスは銀座最高峰クラス。心を込めたおもてなしでお客様を迎えます。和風の雰囲気とサードフロアーとは異なる独自の特色で、お客様を魅了しています。
クラブ・サードフロア(THIRD FLOOR)
銀座の名門と名高い「サードフロアー」は30年以上の歴史を持つ高級クラブ。接待の場としても選ばれ、銀座最高峰のレベルを誇ります。長い歴史が物語る素晴らしいクラブです。王道を極めたクラブであり、ネームバリューだけでなく、その長い歴史が創り上げる素晴らしさを感じさせます。ラグジュアリーな空間と気品溢れる内装が特徴で、長い間富裕の男性たちに愛されている、トップオブトップの名店です。
ルシェンテ(Lucente)
銀座が誇る老舗店と知られる「ルシェンテ」は1995年から続く高級キャバクラ。心からのおもてなしと洗練された雰囲気が特徴で、リーズナブルな料金で幅広いシーンに対応。一人でも気軽に訪れることのできる雰囲気作りが心地よく、美術品に囲まれた広々としたフロアで、非日常を楽しめます。美しいキャストさんたちは内面も兼ね備え、心地よいサービスで心を癒してくれるでしょう。
グレ(GRÈS)
都会のオアシス「グレ」は、OPENから48年、都会の喧騒を忘れさせる女性達の楽園。最高級のおもてなしで心に「安らぎ」と「癒し」を届けている高級クラブです。銀座のクラブ業界を牽引してきた歴史あるクラブの一角であり、銀座のクラブの古き良き時代を守り続けているクラブと言えましょう。全国から芸者が訪れ、作り上げている花鳥風月の壁画も有名。伝説的なクラブとして知られ、政財界や芸能人が足繁く通っています。昭和の懐かしさを残す内外装で、時の流れを忘れたような非日常体験が味わえます。
Blair deux(ブレアドゥ)
銀座に輝く「ブレアドゥ」は、古き良き時代の風雅と新しいラグジュアリーが交わる場所で、クラブ ブレアの2号店として2021年6月にオープンしたお店です。モダンでスタイリッシュな洗練されたデザインが、従来の銀座の高級クラブとは一線を画し、独自のトレンドを生み出します。非日常の中でも心地よさを感じさせます。
過去に入居していた有名店もございました。
現在は閉店している有名店も、ポルシェビルに存在しました。
KAJI(かじ)(閉店)
銀座の名店、40年以上の歴史を誇る伝統の店だった「KAJI」が閉店しました。残念ながら、その歴史に幕を閉じました。派手な雰囲気とは異なり、静かで穏やかな雰囲気が特徴の、知る人ぞ知る名店でした。
ポルシェがなくなっても銀座のシンボルのまま
銀座の街の躍動感が再び街に戻ってきました。高級クラブやレストランが賑わい、銀座の夜が再び活気づいています。ポルシェビルは名高き銀座の象徴です。その名に恥じないラグジュアリーさで、他の建物と差別化し、銀座を代表する存在となっています。この場所には、訪れた人にしか感じられない上品な雰囲気が広がっています。
ポルシェビルは、「ウォータータワービル」や「プラザG8ビル」と共に、銀座三大ソシアルビルとしてあまりにも有名。他を挙げるとすれば、Jグループが数店舗、クラブ藍(らん)、クラブ藤谷などが入っている「銀座会館ビル」。クラブF(エフ)、クラブイプセなどが入っている「銀座ピアースビル」。クラブソルなどが入っている「中島商事ビル」などがありましょう。
ポルシェが飾られてなくても、やはりここは「ポルシェビル」。銀座のランドマークとして輝き、その名声にふさわしい銀座のシンボルとして、この先も存続していくでしょう。
まとめ
魅惑の夜を彩り続けてきたポルシェビル。1974年の誕生を迎え、昭和から平成、そして令和と時代を超越してきました。その歴史には、数多くの著名人やスターたちが足を運びました。途方もない価値を宿すこの建物は、今もなおラグジュアリーな街、銀座を飾り立て、圧倒的な存在感を刻み続けています。唯一無二と言えるこのビルのエレガンス性は、躍動的な瞬間を今もなお刻み続けています。今後も、銀座のシンボルとして君臨し続け、新たなる輝きへと歩みを止めることはないでしょう。